刑事

OS改変による商標権侵害ー脱獄iPhone刑事事件・千葉地裁平成29年5月1日判決

脱獄iPhone事件・千葉地裁平成29年5月1日判決・判時2365号118頁

【事案の概要】

 本件は,被告人がいわゆる脱獄iPhoneをc社の登録商標を付したままの状態で販売し,c社の商標権を侵害した商標法違反と,被告人から脱獄iPhoneを購入した本犯者がオンラインゲーム・○○のクエストをいわゆるチート行為を行ってクリアしたにもかかわらず適正にクリアしたという内容虚偽のデータを○○の運営会社である株式会社dが管理するサーバーコンピュータに送信して記録させたのに先立って,被告人が本犯者にチート行為の手法等を教示してその犯行を容易にしたという私電磁的記録不正作出・同供用幇助に問われた刑事裁判である。いずれも有罪。

【判 旨】

「商標登録に係る指定商品に登録商標が付されたものを商標権者以外の者がその許諾を得ずに譲渡して登録商標を使用した場合,商標権侵害を構成するが(商標法2条3項2号,25条),商標権者又はその許諾を得た者により,適法に商標が付され,かつ,流通に置かれた商品(真正商品)が転々と譲渡される場合には,商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能は害されず,商標権者の業務上の信用及び需要者の利益が損なわれることはない。このような場合の真正商品の譲渡による登録商標の使用は実質的な違法性を欠き(最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻2号125頁参照),商標権侵害罪は成立しないものと解すべきである。もっとも,本件では被告人が真正商品である△△の内蔵プログラムに商標権者が禁じている改変を加えた上で販売して譲渡していることに留意する必要があり,被告人が販売した内蔵プログラムの改変された△△の品質が真正商品のそれと実質的に差異がなく,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されない場合には実質的違法性を欠くものとして商標権侵害罪は成立しないが,その品質に実質的な差異があり,これらの機能が害される場合には商標権侵害罪が成立するものと解するのが相当である。」

「前記認定のとおり,被告人がAらに販売した脱獄△△のハードウェア自体には特に改変が加えられておらず,真正商品との差異として認めることができるのは,ソフトウェアであるiOSにc社が配信を許可したアプリ以外のアプリをインストールして利用可能にする改変が加えられた点に尽きているこの改変によって品質に実質的な差異が生じ,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されるか否かが商標権侵害の成否を分けるところ,iOSはソフトウェアであり,ハードウェアである△△そのものとは一応別個の存在ということができる。しかし,iOSは△△を作動させるために不可欠の機能を担っている上,△△においてiOS以外のオペレーティングシステムの利用が予定されていないことは公知の事実であり,iOSは△△の不可分かつ一体の構成要素にほかならない。そうすると,iOSの改変は△△の本質的部分の改変に当たるものというべきである。そして,脱獄によって真正商品では利用できないアプリをインストールして利用することが可能となった点は,スマートフォンの活用方法が利用可能なアプリによって大きく左右されることに照らしても,それ自体,△△のスマートフォンとしての機能に重要な変更を加えるものというべきである。しかも,脱獄△△の場合,真正商品であればc社による審査の過程で排除可能なマルウェアが混入したアプリがインストールされて被害を受けるおそれがあり,そのセキュリティレベルは真正商品のそれよりも低い水準にあるものといわざるを得ない。これらの点からすると,脱獄△△は,真正商品の本質的部分に改変が加えられた結果,機能やセキュリティレベルといった品質面で相当な差異が生じているものというべきで,商標の品質保証機能が害されているものといわなければならない。また,c社が禁じているiOSの改変のためにこのような真正商品との品質の差異が生じている脱獄△△の提供主体を同社とみることはできないから,商標の出所表示機能も害されている。
 以上のとおり,被告人がAらに販売した脱獄△△の品質は真正商品のそれとは相当な差異があり,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されているから,その譲渡について実質的違法性が阻却されることはない。したがって,被告人の行為については商標権侵害罪が成立する」
「これに対し,弁護人は,被告人はAらに対する脱獄△△の販売に当たって脱獄済みであることを明示しており,Aらは真正商品に改変が加えられたものであることを知って脱獄△△を購入しているため,Aらに脱獄△△の提供主体がc社であり,同社が保証する品質が確保されているとの誤認は全く生じていなかったから,商標の出所表示機能及び品質保証機能は害されていないと主張する。
 しかしながら,例えば,脱獄によるセキュリティレベルの低下が原因となって脱獄△△に不具合が生じた場合でも,その購入者が不具合の原因を正しく理解できる保証はなく,商標権者であるc社の責任による不具合と認識する可能性があるから,その品質の提供主体を同社と誤認するおそれが否定できない。脱獄△△の販売に当たって脱獄済みであることが明示されており,Aらが真正商品に改変が加えられたものであることを知って購入したからといって,商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されないとはいえない。」

 

【コメント】

 iPhoneのOSであるiOSを改変して(通称「脱獄」して),人気ゲームアプリモンスターストライク(通称「モンスト」)でチートができるようにして販売していた人の刑事裁判です。

 私も特に修習生のころ,モンストよくやったなー

1 商標機能論

 商標の機能は,ロゴマークの出所に対する信頼を保護すること(=出所表示機能)でした。判決文にあるとおり,真正商品「が転々と譲渡される場合には,商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能は害されず,商標権者の業務上の信用及び需要者の利益が損なわれることはない」ので,「このような場合の真正商品の譲渡による登録商標の使用は実質的な違法性を欠」くことになります。これを,商標機能論,といったりします。

 これを民事の判決で明示したのが,並行輸入品に関するフレッドペリー事件判決でした。

⇒フレッドペリー事件・最高裁平成15年2月27日判決・民集57巻2号125頁

 本判決は,この商標機能論を刑事事件において,プログラムの改変について判示したものです。

⇒Wii事件・名古屋地裁平成25年1月29日判決・裁判所Web

 

2 私電磁的記録不正作出・同供用の幇助罪

 なお,本判決は,被告人から脱獄iPhoneを買った人が「私電磁的記録不正作出・同供用」罪に当たることを前提に,その方法を教示した行為等が,これらの罪の「幇助」罪に当たることも判示しています。

 この点は,民事において,改造メモリーカード販売した行為が著作者人格権侵害(の幇助)にあたるとしたときめきメモリアル事件から,知財の領域ではよくいわれる議論ですね。

ときめきメモリアル事件・最高裁平成13年2月13日判決

Winny事件・最高裁平成23年12月19日判決

 また,改造したソフトを販売していたという点で,クラック版ソフト事件(著作権侵害)と併せて近時の違法ソフト対策に有意な事件といえます。

クラック版ソフト事件・東京地裁平成30年1月30日判決

 

 

 

 

アダルト動画サイト事件・大阪高裁平成30年9月11日判決

大阪高裁平成30年9月11日判決・裁判所Web

【事案の概要】
Aは,米国にサーバーを設置してアダルトサイト「D動画」を運営する者である。同サイトにわいせつ動画をアップロードした者が逮捕され,Aも共謀共同正犯として起訴された。一審はAを有罪としたため,Aが控訴。控訴棄却。

【判 旨】
「被告人らは,本件以前から,アメリカ合衆国の法律では問題がないことからDで投稿を許可してきた無修正のアダルト動画について,複数の弁護士から,日本国内では刑事上違法と評価される可能性があると指摘されていたにもかかわらず,…無修正わいせつ動画の配信を許容する方針を変更することなく,徹底していたといえる。
 …被告人らは,D動画アダルトやDライブアダルトにおいて相当数の無修正わいせつ動画が配信されることを認識した上で,D社やサーバが米国にあるとの理由から無修正わいせつ動画の投稿・配信を許容し,それらを利用してサイト利用者や有料会員を維持・増加させようとして,D動画アダルトやDライブアダルトを管理・運営していた。」
「所論指摘の前記Winny事件最高裁決定は,開発途上のファイル共有ソフト(Winny)をインターネットを通じて不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めていた被告人が,同ソフトを入手した正犯者がこれを利用して行った著作権法違反の幇助罪に問われたという事案において,同ソフトの提供行為に幇助犯が成立するための要件の一環として,…一般論を示した上で,ネットワーク上に認められた同ソフトを利用しての著作権侵害のファイル数の割合も参考にしつつ,事案に即した具体的判断を示したものにとどまる。当該被告人は,ソフトの公開,提供に当たって,当該ソフトがどのように利用されるかについて関知できる立場にあったわけではないし,利用者に対し,著作権侵害のためにソフトを利用することがないよう警告を発していたなどという事情があるのに対し,被告人ら…においては,現にその管理・運営するウェブサイトに多数の無修正わいせつ動画が投稿・配信されていることを認識し,しかも,管理者としてこれを制限することができるにもかかわらず,その投稿・配信を許容し,これを利用して利益を上げる目的で管理・運営していたのであるから,本件は,Winny事件とは事案が異なり,投稿等の全体のうちで違法なものが例外的とはいえない範囲を占めていたかどうかといった,同事件におけるのと同様の事情を特に問題とするまでもなく,被告人ら及びEの故意を認定することができるというべきである。」

【コメント】
 わいせつな動画を共有するサイトを積極的に管理し,収益を得ていると,たとえサーバーが米国にあったとしても,わが国で罪に問われます。

 弁護人がWinny事件を引用して控訴した点は,個人的にはセンスがいいなと思いました。Winny事件では,管理者が違法な用途に使わないように警告を発していた,収益を得ていなかった(無償)等の事情がありました。しかし,収益を得る目的で,積極的にわいせつ動画のサイトを管理していた本件では,事案が異なるということです。

 Winny事件の1つの読み方を判示した裁判例としても,興味深く,ご紹介する次第です。

Winny事件・最高裁平成23年12月19日判決

 

法的見解の表明・新・ゴーマニズム宣言事件ー最高裁平成16年7月15日判決

法的見解の表明・新・ゴーマニズム宣言事件ー最高裁平成16年7月15日判決・民集58巻5号1615頁

【判 旨】

ロス疑惑夕刊フジ事件・最高裁平成9年9月9日判決を引用した上で,)

「そして,上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値,善悪,優劣についての批評や論議などは,意見ないし論評の表明に属するというべきである。」

「上記の見地に立って検討するに,法的な見解の正当性それ自体は,証明の対象とはなり得ないものであり,法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らかであるから,法的な見解の表明は,事実を摘示するものではなく,意見ないし論評の表明の範ちゅうに属するものというべきである。また,前述のとおり,事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とで不法行為責任の成否に関する要件を異にし,意見ないし論評については,その内容の正当性や合理性を特に問うことなく,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは,意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し,これを手厚く保障する趣旨によるものである。そして,裁判所が判決等により判断を示すことができる事項であるかどうかは,上記の判別に関係しないから,裁判所が具体的な紛争の解決のために当該法的な見解の正当性について公権的判断を示すことがあるからといって,そのことを理由に,法的な見解の表明が事実の摘示ないしそれに類するものに当たると解することはできない。
 したがって,一般的に,法的な見解の表明には,その前提として,上記特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと解されるため事実の摘示を含むものというべき場合があることは否定し得ないが,法的な見解の表明それ自体は,それが判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,そのことを理由に事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たるものというべきである。」

【コメント】

(1)事実と意見の区別,法律上の見解

事実と・意見・論評との区別は,ロス疑惑夕刊フジ事件・最高裁平成9年9月9日判決が「証拠等を以てその存否を決することが可能」かどうかという基準を立てていました。

ロス疑惑夕刊フジ事件・最高裁平成9年9月9日判決

ところで,裁判所は証拠に基づいて事実を認定し,法律的な結論を出します。では,例えば「著作権を侵害している」というような法律的な見解は,「証拠等を以てその存否を決することが可能」な事実かどうか?という点が本件では問われました。

本判決は,事実ではなく,「意見ないし論評」に当たるとしました。

なんだか,民訴法でいうところの「法律上の主張レベル」と「事実の主張レベル」は違うんだ,という話と似てますね。刑法の「事実の錯誤」と「違法性の錯誤」問題とも似ています。

(2)「特定事項の主張」の「明示的又は黙示的に主張」

「一般的に,法的な見解の表明には,その前提として,上記特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと解されるため事実の摘示を含むものというべき場合があることは否定し得ないが,」・・・という個所は,

ロス疑惑朝日新聞事件・最高裁平成10年1月30日判決にいうところの,推論による特定の事実の主張のことでしょう。

推論記事による事実摘示ーロス疑惑朝日新聞事件・最高裁平成10年1月30日判決

一見すると法律上の見解を述べているのだけれど,文脈からして特定の事実を黙示に主張していると(一般読者が)読める,ということはありうるのでしょう。このときは,事実の摘示型の検討になります。

(3)不競法上は「事実」だけど,名誉毀損に関しては「事実」でない??

最近出た「メディア判例百選(第2版)」の解説(同書75頁)にも指摘があるのですが,不競法との関係で難しい問題を孕んでいます。

「知的財産権を侵害しています!」という警告は,不競法上「事実」の告知に当たります。が,本判決によれば名誉毀損との関係では「事実」ではないのです。

適用場面が異なるので,直ちに矛盾するわけではないのですが,気持ち悪いことは気持ち悪いですね。

(4)その他

ちなみに,本判決(新・ゴーマニズム宣言事件)は,著作権の勉強をしていると,同一性保持権のところで出てくる「脱・ゴーマニズム宣言事件」の後日談になる事件です。

ラグナロクオンライン信用毀損事件・東京地裁平成19年10月23日判決

ラグナロクオンライン信用毀損事件・東京地裁平成19年10月23日判決・判時2008号109頁

【事案の概要】

X社は,「ラグナロクオンライン」というオンラインゲーム(以下「本件オンラインゲーム」という。)を提供している会社である。YはX社の従業員であったが,X社の本件オンラインゲームの運営管理プログラムにアクセス権限もなくアクセスするという不正アクセス行為を行い,自らのキャラクターデータを改ざんしてゲーム内の仮想通貨である「Zeny」(以下「本件仮想通貨」という。)の保有量を増やし,それを,ゲーム内の仮想通貨やアイテムを現実の金銭で販売する業者に売却するなどした。そこで,X社はY社に対し,不法行為による損害賠償請求として,7486万2700円及び遅延損害金の支払いを求めた。

なお,Yは,本件アクセス権限を有していなかったが,施錠されていない上司の机に保管されていた同権限を有するYの上司のID等が書かれた紙片を盗み見て知った

また,X社は,本件仮想通貨の異常値を検出し,調査の結果,平成18年3月24日,Yが不正アクセスを行っていたことを確認し,警察に被害届を提出し,同年7月19日,Yを懲戒解雇とし,翌日,本件の経緯について記者発表を行った。 

Yは,本件に関し,不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反で起訴され,同年10月24日に,懲役1年,執行猶予4年の有罪判決を受けた。

【判 旨】

「 2 不法行為該当性について
 …こうしたYの行為は,X社の本件オンラインゲームの管理権及び本件仮想通貨を含むゲームシステムやX社の管理体制などに対する信用を害する行為であり,X社との関係で不法行為を構成するものといえる。」
「 3 損害について
  (1) 信用毀損について
 信用毀損にかかる損害について検討する。
 まず,X社は,上記信用毀損により,平成18年7月の本件オンラインゲームのゲーム課金収入並びに同月及び同年8月の関連商品の売り上げが減少したと主張し,…それぞれ収入が減少したこと自体は認められる。
 しかし,Yの行為により,X社の信用が毀損されれば一定程度X社の本件オンラインゲームによるゲーム課金収入等が減少するであろうことが窺われるとしても,本件オンラインゲームの課金収入及び関連商品の売り上げといったものは,その性質上,その時々の状況に大きく左右される性質を有するものであることは明らかであって(実際に,平成18年中,X社が指摘した以外の月においても課金収入及び関連商品の売り上げも月毎に数百万円から数千万程度減少している場合もある。甲14),これらの収入の減少を直ちにYの信用毀損と因果関係を有する損害と見ることはできない
 なお,Yが本件仮想通貨をRMT業者に売却して得た利益の総額は本件証拠上必ずしも明らかではないが,一定の利益を得ていたこと自体は認められる。
 しかし,仮にYにおいて不正アクセス行為によって得た本件仮装通貨を売却して一定の利益を得ていたとしても,自らが禁じている不正な行為によって生じた利益をX社が受ける根拠はなく,Yが利益を得たことによりX社が得られるはずの利益を失ったことにはならない。したがって,これらの利益を得たことを直ちにX社の損害とするとか,かかる利益をX社に得させる理由はないのであって,X社が本件において一定の利益を得ていたとの事実は,信用毀損による無形損害の額を算定するについて,1つの事情として考慮される余地があるにとどまるというべきである。
 そうすると,一般的なテレビゲーム等と異なり,上記本件オンラインゲームは,管理者であるX社の継続的なゲームシステムの維持を前提とし,それについて適切な管理が期待されていること,本件当時,本件オンラインゲームの会員数は150万人程度であり,ユーザーに対する影響は相当大きいと考えられること,実際に,ユーザーからの苦情も複数寄せられていたこと(甲11),上記のように直ちにそれらがYに行為と因果関係を有するとまではいえないとしても,実際に信用毀損によりゲーム課金収入等に悪影響があったであろうこと,本件について多くの報道がされる(甲7の1から3,甲8)などしたため本件オンラインゲームのユーザー以外に対しても一定の影響があったと考えられること,一方ゲーム課金収入は,平成18年9月には,平成18年1月から9月までの中で最高額となり,関連商品の売り上げも同水準まで回復していること(甲14),その他本件に顕れた一切の事情を総合すれば,信用毀損に関する損害額としては300万円をもって相当と認める。
  (2) 営業利益について
 甲15の1,2,甲16の1,2及び弁論の全趣旨によれば,X社が,2件の商談を抱えていたことは認められるが,これらが契約締結交渉の段階を超えて,Yによる不法行為がなければ契約締結が確実であったとか,かかる商談からX社が主張するような利益が生じることが確実であったと見るべき証拠もない(Yにおいてかかる事実を認識していたとか,認識すべきであったとかともいえない。)。」

【コメント】

(1)本件不正アクセス→信用毀損の損害

 一昔前,ラグナロクオンラインの不正アクセス事件については多くの報道がされていましたから,記憶に残っている方も多いかと思います。

 この手の営業秘密漏洩事件の教訓はいつも,秘密を秘密として管理しましょう!ということです。そうしないと,たとえ何億円の損害を被っても,本件のように重大な商談が破談になっても,判決にあるのように「一切の事情を総合すれば,信用毀損に関する損害額としては300万円」とされてしまいます。不正アクセスがあってからでは遅いのです。

 本件でYは「施錠されていない上司の机に保管されていた同権限を有するYの上司のID等が書かれた紙片を盗み見て知った。」というのです。これでは,不正競争防止法上の「営業秘密」とは認められないでしょう。しっかりガードするためには,経産省の「営業秘密管理指針」を必ず読んでください。

(2)準事務管理的な話

 本件でX社はYがデータの不正売買で得たとされる5000万円以上の金額を損害として主張していますが,「自らが禁じている不正な行為によって生じた利益をX社が受ける根拠はなく,Yが利益を得たことによりX社が得られるはずの利益を失ったことにはならない」として認められませんでした。

 このように,不正に利益を得たお金を返してください,という請求を学説上「準事務管理」といいますが,このような請求は実務上なかなか認められません。

 ただし,実は不正競争防止法には似たような規定(同法5条2項)があり,X社の管理するデータが「営業秘密」と言えた場合,もっと請求が認められたかもしれません。やはり,「施錠されていない上司の机に保管されていた同権限を有するYの上司のID等が書かれた紙片」が置いてある状況ではだめなのです。

Winny事件・最高裁平成23年12月19日判決

最高裁平成23年12月19日判決・刑集65巻9号1380頁

【判決要旨】

「Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトあり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。」

「これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである。
 次に,入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められ,被告人もこれを認識,認容しながら本件Winnyの公開,提供を行ったといえるかどうかについて検討すると,Winnyは,それ自体,多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とするソフトであるとともに,本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利用する場合にも,摘発されにくく,非常に使いやすいソフトである。そして,本件当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない
 他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。」

【コメント】

 ファイル共有ソフトWinnyをめぐる事件は,社会的耳目を集め,上記のような結末を迎えました。判決が認定しているとおり,Winny自体は著作権侵害にも適法な用途にも使うことができ,その選択はユーザーに委ねられています。

 刑法の世界で「中立的行為による幇助」といわれる問題です。

 学生時代,よく私の師匠は「包丁で殺人を犯した人がいるときに,『もしかしてこの人,殺人するかもしれない』と思って包丁を売った人が,殺人の幇助に問われないのと同じことだ」と言っていました。

 道具の提供行為の責任を問われたとき,やはり道具の用途というのは非常に大事になります。ちょっと話は反れますが,パチンコやスロットの不正行為について,似たような議論があります。

 磁石を使ってパチンコ玉を不正に誘導する行為は,(パチンコ台に着席するだけでなく)実際に磁石を使用してパチンコ玉を誘導しようとした時点で窃盗の着手あり,というべきです。磁石自体はいろいろな用途があるもので,別に不正にパチンコをするためのものではありません。

 これに対し,スロットのボタンを押すタイミングを教えてくれる「体感機」を使用してメダルを取得する行為は,「体感機」を使用してプレーを始めた時点で窃盗の着手あり,というべきです。「体感機」は不正にパチスロをプレーする他に使い道がありませんからね。

 

 そこへ行くとときめきメモリアル事件における改造メモリーカードの提供行為はどうなんでしょうか??

 改造メモリーカードを買った人は,たいていゲームのパラメータを改造するんでしょうし,改造メモリーカードの提供は幇助の責任ありですね。

ときめきメモリアル事件・最高裁平成13年2月13日判決

 ちなみに,本件で被告人となった金子勇氏は,最高裁で無罪が確定してから1年半程度で,急性心筋梗塞により亡くなりました。イノベーターに対する日本社会の寛容さ,という点でも大変考えさせられる,平成の大事件でした。

アダルト動画サイト事件・大阪高裁平成30年9月11日判決

令和元年10月1日追記

 ユーザーの違法行為を「幇助」することについて,脱獄iPhone事件も参照。

脱獄iPhone刑事事件・千葉地裁平成29年5月1日判決